常陸 部垂城(佐竹義元之墓碑)

●常陸 部垂城(へたれじょう)
住所:茨城県常陸大宮市北町
駐車場:不明

 鎌倉時代の初め、河崎(平)頼幹が築城したと伝わるが定かではない。その後、大塚豊前守や小貫氏が城主となったが、享禄2(1529)年に佐竹義篤の弟・宇留野義元が当城を攻略して城主となり部垂氏を名乗る。しかし義篤と義元の間で争う部垂の乱が起こり、天文9(1540)年に城が落とされ廃城となった。

(城址碑と説明版)
城址碑

(城址碑の横に建つ佐竹義元の墓碑。当初、義元父子の遺骨を納めて八幡として祀っていたが、延宝4(1676)年に徳川光圀の命で破却された)
佐竹義元の墓碑

(本丸跡に建つ大宮小学校)
大宮小学校

参考文献:茨城県の地名、茨城県の中世城館

感想:「へたれじょう」という名前が気になって立ち寄りました。ちなみに地名は部垂村の住民が響きが良くないとして村の鎮守だった甲神社に因んで改名願を出したところ、天保14(1843)年に希望が通り大宮という地名になっています。