瑞泉寺(犬山城内田御門)

住所:愛知県犬山市大字犬山瑞泉寺7

 臨済宗妙心寺派。日峰が弟子の蜂屋玄瑞に岩の突端を打たせたところ泉が湧き出た。そこで玄瑞の「瑞」と泉を合わせて瑞泉寺と名付け1415年に創建している。
 1565年、織田信長が犬山城を攻めた際、兵火で焼失したが、信長より朱印状を得て再建した。その後、豊臣秀吉や尾張徳川家の庇護を受け、最盛期には塔頭は二十四ヵ寺以上もあったという。現在は塔頭が六ヶ寺残っている。

(犬山城の内田門を移築した総門)

(1494年に建立された鐘楼。1565年の犬山城攻めで焼失したのかどうかは不明。三猿は左甚五郎の作と伝わっている)

(本堂。行事の最中だったので遠くから手を合わせるだけにしました)

(美濃金山城の大手門を移築した裏門)

(犬山城を望む)

感想:裏門の歴史を知らずに行ったため、他の場所を撮った写真に写り込んでいたものをトリミングしました。


写真の提供についてはこちらをクリック


臨渓院(成瀬正成の墓)

住所:愛知県犬山市大字犬山字瑞泉寺26

 臨済宗妙心寺派。瑞泉寺の塔頭の一つで1482年に創建された。1565年、織田信長が犬山城を攻めた際、兵火で全焼する。1632年、犬山城主・成瀬正虎が愚堂国師の法弟・體道宣全を招いて再興し、菩提寺としている。

(山門)

(延命弁財天)

(本堂)

(寺近くに建つ成瀬家累代の墓)

(徳川家康のもとで活躍し、尾張藩の付家老となった犬山城主・成瀬正成の墓)

(正成の長男・正虎の墓)

(正虎の長男・正親の墓)

感想:累代の墓の場所が微妙に分かりづらかったです。



妙感寺(成瀬氏の墓所)

住所:愛知県犬山市犬山字山寺7

 日蓮宗。1640年に創建された。

(入り口。境内の駐車場まで車で行けるのだが手前が坂になっており少し恐い思いをした)

(本堂)

(最上稲荷)

(犬山城主6代成瀬正典の二男・山瀬快園の墓)

(犬山城主8代成瀬正住の側室・於梅の墓)

感想:山瀬快園と於梅の墓は本堂の裏に建っていました。


写真の提供についてはこちらをクリック