遍照院(三面大黒天)

住所:愛知県碧南市鷲林町2-13

 浄土宗鎭西派。本尊は阿弥陀如来。南北朝時代、南朝方として活躍した菊池頼武は晩年、荒子(碧南市荒子町)に隠遁し、1387年に和国寺を創建する。末裔の片山道智は徳川家康と所縁があり、家康の母が葬られた伝通院の住職を開山として、1624年に和国寺を廃寺とし当地に遍照院を創建する。
 和国寺の時代、本尊だった三面六臂大黒天立像は、弘法大師の作と伝えられている。商売繁盛を約束するといわれ、5月と11月の三面大黒天春秋大祭は大いに賑わう。

(入り口)

(山門)

(三十三観音)

(本堂)

(延命地蔵と閻魔大王が安置されている地蔵堂)

(長寿地蔵尊)

感想:間違って解体修理中の隣のお寺に行ってしまいました。この辺りは道が狭いため車で行かれる方は気を付けて下さい。


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白山社(徳川家康所縁の神社)

住所:愛知県碧南市久沓町1-5

 祭神は伊弉冉尊・保食神。平清盛が崇敬していた白山権現を清盛の一族・平康和が1147年に勧請した。1582年6月、神君伊賀越えで大浜まで逃げ延びてきた徳川家康は歯痛に悩んでいたが、当社で祈願したところ痛みが引いたため、社領を寄進している。
 1652年、社殿が造営され久沓村の鎮守となった。宝永年間(1704~1711年)、幕領(天領)の代官・鳥山精之が社領を寄進し境内を拡張している。1950年に郷社となった。

(鳥居)

(境内)

(拝殿)

感想:家康の逸話から現在でも歯痛を治してくれる神様として祈願をしに来る方が多いそうです。
 境内で野球をしていた中学生の邪魔をしてしまいました…。ごめんなさい。


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熊野神社(松平広忠崇敬の神社、上の宮)

住所:愛知県碧南市大浜上町1-2

 祭神は伊弉諾尊・伊弉冉尊・速玉男尊。1054年、源頼義が奥州に向かう途中、海路で尾張から三河に渡ろうとしたが大風のために船が転覆しそうになった。そこで頼義が熊野権現に祈願したところ無事に大浜に着岸できた。感謝した頼義は紀伊の熊野本宮から勧請して仮宮を創建し祀っている。
 前九年の役で活躍した頼義は陸奥を離れて近畿に戻った。その途上か戻った後かは不明だが大浜に立ち寄り社殿を造営し鏡を奉納している。
 1543年、当社への崇敬が厚かった松平広忠は狛犬一対を奉納し松平家の祈願所とした。広忠没後の1550年、今川義元は長田喜八郎を神主とし神領の支配を認めている。広忠の息子・徳川家康の崇敬も厚く、1559年に社領を寄進している。その後、徳川将軍家・永井氏・水野氏らの崇敬を受けた。
 永禄年間に始まった奉射神事は今でも例祭の日に行われている。

(一の鳥居)

(厳島神社)

(那智社)

(二の鳥居)

(海神社。漁師の多かった街なので海上の安全を守る神を祀る神社が多い)

(拝殿)

(見事な彫り物)

(御神木の乳銀杏。冬にいったので、ご覧の状態でした)

(射小屋。1584年、徳川家康が十五両を寄進し弓道を奨励した)

(弓矢八幡社)

感想:大浜熊野大神社と同じく節分の日に来ましたが、こちらは誰もいませんでした。
 県の文化財に指定されている南山矢取塚は矢場に入れなかったため後ろから撮影して終わりました。なので、後から見ると何を撮ったのか良く分かりませんでした。


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