宝江渡し跡(池田輝政渡河の地) 投稿日時: 2012年10月9日 投稿者: 筑後守 住所:愛知県一宮市北方町北方 関ヶ原の戦い直前の岐阜城攻めの際、池田輝政の軍勢がこの地から渡河して美濃に渡り攻めた。江戸時代には尾張藩が渡し船を整備・維持している。以降、明治時代に鉄道が出来るまで対岸を渡る役割を果たした。 (宝江渡跡の碑) (右が津島、左が名古屋の道標) (分岐点。説明版が建つ) (説明版の下に建つ岐阜街道の碑) 感想:木曽川まで歩いて行けたんですけど、面倒でやめました。雨だったから景色も良くなさそうだったし・・・。