大雄寺(徳川家康位牌所)

住所:岐阜県高山市愛宕町67番地

 浄土宗。創建年代は不明だが、証空が吉城郡上広瀬に創建したのが始まり。1586年、高山城主・金森長近によって当地に移転された。江戸幕府から徳川家康の位牌と御影を安置するように命じられ葵の紋を用いるようになる。

(全景)

(山門。1792年の大風で倒壊したが1807年に再建された)

(本堂)

(十王堂)

(1689年に建立された鐘楼)

(赤田臥牛の墓。臥牛は1747年の生まれで漢学者として名を馳せた。墓石はなく墳土が盛られているのみ)

感想:徳川家康の位牌を一国の中で一寺に安置するよう江戸幕府が命じたそうです。当寺が選ばれたということは、それだけ浄土宗の中では権威のあるお寺だったのでしょう。




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東山白山神社

住所:岐阜県高山市若達町1丁目74

 祭神は伊弉諾尊、伊弉冉尊、菊理媛命。718年に創建される。1585年、高山城主となった金森長近によって当地に移転された。

(鳥居)

(拝殿)

感想:雲龍寺の境内をうろうろしていたら拝殿に辿り着いたので載せてみました。




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雲龍寺(金森長則の菩提寺)

住所:岐阜県高山市若達町1丁目86

 曹洞宗。飛騨三十三観音霊場第三番札所。720年、当地に妙観寺として創建されたが衰退する。しかし1395年に竹窓智厳が雲龍寺に寺号を変え再建した。16世紀末、高山城主・金森長近が、本能寺の変で討ち死にした長男・長則の菩提寺とし伽藍を修築している。

(鐘楼門。1695年に高山城が廃城となった際、黄雲閣を移築したもの)

(裏門)

(烏枢沙摩明王堂)

(本堂)

(津野滄洲の墓。1718年の生まれで詩歌・俳諧・書画などをたしなんだ文化人だった。蚕糸業の振興にも尽力し苗字帯刀を許されている)

(森宗弘の墓。宗弘は1811年の生まれで『ドナチ彗星出現見取図』などの科学的な記録を残した)

感想:ここに長則のお墓はありません。




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