主水塚(上泉主水泰綱の供養碑)

住所:山形県山形市長谷堂

 上泉伊勢守信綱の孫・上泉主水泰綱は上杉景勝に仕え長谷堂城の戦いに参加した。しかし撤退の際に最上義光の家臣・志村光安と戦って戦死してしまう。合戦後、地元の住民が泰綱を含む両軍の戦死者を埋葬し塚を建て供養したのが主水塚である。


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湯目加賀守重旧の碑

住所:山形県山形市長谷堂

 伊達政宗の家臣・湯目重旧は、長谷堂城の戦いの際に最上義光の援軍として送られていたが、撤退する上杉景勝軍との戦いで戦死した。その後、供養塔が建てられている。

(2000年に建てられた碑)

(碑の裏にある供養塔)


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吉祥院(最上家所縁の寺)

住所:山形県山形市千手堂509

 天台宗。737年、聖武天皇の命で行基が創建した。1356年、斯波兼頼が本堂(千手堂)を再建、1415年に最上満家が、1543年には最上義守が修築を行うなど、歴代の最上家当主が保護している。
 最上三十三観音三番札所であるが、最上義光が納めた扁額には「奉納第一番千手堂」とあり、時代を経て三番札所に変わったようである。
 本尊の木像千手観世音菩薩立像は国の重要文化財である。

(参道)

(鐘楼)

(本堂)


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