見性寺(土方家墓所・八重姫の墓)

住所:三重郡菰野町菰野158

 臨済宗妙心寺派。1644年、菰野藩主・土方雄高が砦跡に創建し菩提寺とした。

(山門)

(本堂)

(土方家の墓地。2代~11代までの墓がある)

(八重姫(織田信雄の娘)の墓)

コラム:八重姫が嫁ぐ際に逸話があります。結婚話が持ち上がった時、信雄が「堀もないような城主に娘はやれない」と言い出したため、使者が到着する二日の間に、土方家は突貫工事で菰野陣屋に幅6メートルの堀を巡らしてなんとか婚姻に結びつけたそうです。


写真の提供についてはこちらをクリック




菰野陣屋

住所:三重県三重郡菰野町菰野1490

 1568年、滝川一益が三重郡の代官として南川治朗左衛門をここに置いたのが始まりといわれる。関ヶ原の戦い後、土方雄氏が菰野を領すると代官跡を修築して使用。二代目・雄高が中心に館を構え、三代目・雄豊は城下町を整備した。その後、移封もなく土方家は明治維新を菰野で迎えている。現在、陣屋の跡は菰野小学校となり、西北に堀の一部と土塁が残るだけである。

(堀跡)

(碑)

コラム:小学校の敷地内にあるため、念のため電話をしてから行きました。


写真の提供についてはこちらをクリック


浄土寺(本多忠勝の墓)

住所:三重県桑名市清水町45

 1049年、海から出た地蔵尊を安置したのが始まりといわれる。1601年、本多忠勝が桑名城主となると町割りで現在地に移転され、本多家の菩提寺となった。昔話「幽霊飴」の舞台としても知られる。

(入り口)

(本多忠勝の墓)

コラム:参拝した当時(2005年)はお墓への案内版などが無く、場所をお寺の方に聞きました。お墓の前に鳥居があったので間違いないとは思ったのですが・・・。


写真の提供についてはこちらをクリック