三河 桜井城(桜井松平氏の居城)

●三河 桜井城
住所:愛知県安城市桜井町城阿原

 地元の豪族・小浦忠重の居城。文明3(1471)年に松平信光が安祥城に進出すると、信光の支配下に入ったと推測されている。1520年代、松平親房(松平家四代当主・親忠の息子)が城主となった。その後、親房の養子となった信定(松平家五代当主・長親の息子)が当主となり桜井松平家の祖となる。
 信定は甥の清康や又甥の広忠と家督を巡って争ったことは良く知られている。しかし徳川家康の代になると桜井松平家は家臣として仕え、家康の関東移封にも従い桜井城を去ったため廃城となった。
 現在は公園として整備されている。

(公園の入り口に建つ模擬冠木門?)

(土塁の一部らしい)

(土塁跡に建つ城趾碑)

(桜井松平家の墓所)

(信定の墓)



木戸城(成瀬氏の居城、春日神社)

住所:愛知県安城市木戸町東屋敷66

 室町中期は石川氏の居館だった。1471年に松平信光が安祥城に進出すると家臣・成瀬氏が当地を与えられ城として改築している。成瀬氏の一族では尾張徳川家の家老で犬山城主となった成瀬正成が良く知られている。
 1590年、徳川家康が関東に移封されると廃城となった。現在は春日神社が建っており、堀の一部が残っている。

(入り口。この手前に駐車場がある)

(鳥居)

(拝殿。春日神社は成瀬氏の崇敬が篤く、廃城になると現在地に移された)

(社殿と駐車場の間に残る堀)

感想:石垣が遺構としてあったらしいのですが、気がつかなかったです。


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榎前おとけさ古戦場

住所:愛知県安城市井杭山町井杭山

 三河箕輪城主・浅井治兵衛道介は刈谷城主・水野信元と連絡を取り合い松平氏の安祥城を狙う。しかし1542年、逆に松平氏に攻められ道介は榎前村(現・安城市井杭山町井杭山)で戦死した。

(井杭山の住宅街を流れる川を撮影)

感想:「火葬場附近」と史跡巡りの本には書いてあったのですが、すでに無くなっているらしくはっきりした場所が分かりませんでした。