東条塚(松平康忠の供養塚)

住所:愛知県安城市安城町多門

 1540年、織田信秀・水野忠政の連合軍が松平家の安祥城を攻撃すると、東条の松平康忠らが救援に駆け付けた。これに呼応して安祥城代・松平長家も討って出て激戦となり、遂に信秀らの撃退に成功したが、康忠は家臣達と共に戦死してしまう。その康忠が戦死した場所に建てられたのが東条塚だと伝わる。

(東条塚。市営多門霊園の一角にある)

感想:ここでお墓参りの方とすれ違って言葉を交わした後、「(お墓参りをされている皆さんの)邪魔になるのですぐに帰ります」と言おうとしたところ、言葉をはしょって「邪魔になるので…」とだけ言ってしまったため、「お前は撮影の邪魔になるので、どいてくれ」みたいな感じになってしまい非常に気まずい思いをした。皆さんも言い方には気を付けましょう。


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