山口県史跡巡り2009(1日目前半:赤間神宮・串崎城・大内義長の墓)

 平成20年12月28日(日)、小倉行きの高速バスに乗る。翌日の朝、6時半に小倉駅に到着。あ~、福岡県や。明太子の看板とか見ちゃうとと久々に福岡県を廻りたくなる。
 いかんいかん。今回は山口県だった。
 小倉駅で食事を済ませた後、下関駅に到着。ここでレンタカーを借りる。今回はトヨタのヴィッツ。やっぱりこのくらいの大きさが一番運転しやすいね。

1.赤間神宮・・・下関市阿弥陀寺町にある。壇ノ浦の戦いで亡くなった安徳天皇を祀る神社。耳なし芳一の話の舞台としても有名。
 特に何かあった訳じゃなかったけど、昔来たことがあって懐かしいなって思って。その時に「夜に行くと幽霊が出るらしいから行こう」って言われたけど断った思い出がある。

2.中山神社&愛新覚羅社・・・下関市綾羅木本町にある。尊皇攘夷派の公家・中山忠光と、ラストエンペラー・愛新覚羅溥儀の弟である溥傑が祀られている。
 特に何かあった訳じゃなかったけど、昔来たことがあって懐かしいなって思って。
 前、来た時はすごい山の中にあったイメージだったけど、他の場所と記憶が混同していたようだ。

3.みもすそ川公園・・・下関市みもすそ川町にある。有名な壇ノ浦古戦場の碑や源義経の銅像などがある。
 関門海峡の眺めが良かった。

4.串崎城・・・下関市長府宮崎町にある。大内家の家臣が築き、毛利家の時代になっても引き続き利用されたが、一国一城令により破却された。
 やっと戦国関係の史跡だよ・・・。

5.功山寺・・・下関市長府川端にある。厳島の戦いで陶晴賢を破り、勢いに乗った毛利元就が防長に攻め込んできた際に、追い詰められた大内義長が自害した場所である。その後、長府毛利家の菩提寺となった。
 一般には幕末に高杉晋作が奇兵隊などと共に挙兵した場所として有名である。
 元就に詳しくないので分からないが、ただの御輿だったとは言え、大内義長を攻めたことは反逆にはならないのか・・・? 義隆の時代で大内家は滅んだという解釈だったので、あまり気にされなかったのだろうか。

6.高杉晋作の墓・・・下関市吉田にある。晋作の遺言でここに葬られたという。敷地内に晋作の銅像、奇兵隊士の墓などもある。
 特に何かあった訳じゃなかったけど、昔来たことがあって懐かしいなって思って。
 この墓の道を挟んだところにお土産やさんがあってそこで昼食を取った。「晋作うどん定食」みたいなのがあって頼んでみたら、ご飯の上に梅がちょろっと載っているだけのものだった。何で梅かと思ったら、妾が梅処尼とかいう名前だったかららしい。
 食事していたら突然、お店の方に「やっぱり晋作さんが好きで来られたんですよね?」っていきなり聞かれたけど、晋作さんどころか幕末自体良く分かっていない私はつい「え、ええ・・・いやあ・・・」と曖昧に答えてしまい、何となく気まずい雰囲気になってしまった><
 その後、その雰囲気を変えようといろいろと話した。人気の高い人物なので、ここに何度も足を運ぶ晋作ファンも多いらしい。

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