長門国のお寺同士の喧嘩(周防国分寺宛の毛利輝元書状)

 最近、勉強のために主に戦国時代の毛利の書状を読んでいる。その中の毛利輝元書状で、周防国分寺(山口県防府市)に出したものを意訳してみる。

・原文
「長府国分寺・律成寺近年不会之由候、今度於当寺漕頂巳前ニ、彼両寺和合之儀被申調、各以随喜法事成就肝要候、尚国司助六(元蔵)可申候、恐々謹言」
八月廿七日 輝元

・意訳
長府国分寺(長門の国分寺。山口県下関市にある)と律成寺(下関市にあったが現在は廃寺)が、近年は不会(不和)である。
 今度、周防国分寺において灌頂(菩薩の位にあって、仏が成仏を約束する意味で行なう仏位受職の儀式)の前に、両方の寺を和合(心を一つにすること。ここでは仲直り)させるための仲裁をしてください。
 各(両方の寺か周防国分寺を合わせて三つの寺)が随喜(心から喜んで。ここでは心を一つにして?)灌頂を成し遂げることが肝心です。なお詳細は国司元蔵が申します。恐々謹言。

・感想
 仲直りできたのかの文書は見ていない。周防国分寺は同じ国分寺繋がりで長門国分寺と親しかったのだろうが、仲裁は大変だったと思う。
 毛利輝元の立場から見ると、寺同士のいざこざは領国の安定支配の妨げになるために仲直りさせたかったのだろう。
 気が向いたら今後も載せていこうと思う。やる気があるのは今だけだと思うが・・・。以上!

(周防国分寺)
周防国分寺