偽りの和議

 大坂冬の陣の最中、膠着状態になり誰もが城を落とすのは難しいだろうと思うようになった頃。
 玉造口の門に徳川軍から30歳くらいの紺の木綿を着た丸腰の男が、約3.6メートルの竹に網笠を結び付け一人で来た。その時、大坂城本丸から各持口に攻撃を一時停止しろという命令があり、その後本丸から女乗り物一丁と下女二人が玉造口の門へ出た。そして男はその女性達としばらくの間話した後、帰っていった。それより毎日その男は城にやってきた。
 その後、和議の相談が皆にあった。それに対して真田幸村後藤基次(又兵衛)らは
「この分では城も落ちることはなく、また敵も撤退することもあるまい。和議をし徳川家康と起請文を取り交わして、来年に大和中の城を落とし尾張名古屋までの城も落として駿河や江戸へも迫るつもりですので、何はともあれ和議をしてください」
 と申し上げたという。(『大坂御陣山口休菴話咄』)

管理人・・・豊臣軍の兵力では、敵が油断しているとはいえ名古屋まで迫るのはかなり難しいでしょう。

UPDATE 2012年2月4日
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