家康暗殺未遂事件

 1614年11月1日、徳川家康が伏見城に入ったことを聞いた渡辺糺の家臣が暗殺を提案。しかし暗殺者は鉄砲を持って家康を狙っているところを板倉勝重の手の者に捕らえられてしまった。この際、暗殺者は「金子百両で母の一生を養うために自分の命を秀頼公に捧げた」と事情を告げた。
「親孝行のために命を惜しまなかった者なので命は助けよう」
 感じ入った勝重は牢獄に入れただけで処置を済ませている。(『廓山大坂供奉私記』など)

管理人・・・勝重や徳川家を美化するために作られた話っぽいですね。

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