大坂の陣史跡巡りFinal(1日目)

 2006年7月の15日に久々に大坂の陣関係の史跡に行きました。名古屋駅から高速バスに乗って10時過ぎに大阪駅に着く。暑い・・・>< まあ、晴天なのでよしとするか。
 最初は阪急宝塚線に乗って豊中市の蛍池(ほたるがいけ)駅に向かうことにする。ここには青木一重が大坂の陣後に陣屋を構えた場所である。
 バスセンターから阪急梅田駅まで迷いながら向かう。途中、エスカレータに乗っている時に疲れていたので左側にいてゆっくりと登っていると、みんなは右側で待って左側の人が急いでいた・・・。ああ、そういえば関西は右か・・・(愛知県は東京と同じ左)。狭い国なんだからどっちかに統一して欲しい。
 電車にゆられて蛍池に到着。駅のすぐ裏にある麻田陣屋に行く。

麻田陣屋

麻田陣屋:公民館の玄関口にぽつんと立っています。碑以外は何もありません。

 ここで大阪城にいる七郎さんに連絡を取る。昼過ぎまで大阪城天守周辺にお見えになられるとのことなので、大阪市内に戻って大阪城に行った。

大阪城天守

大阪城天守:降りた駅近くから見た大阪城。この頃、暑さが絶好調になってきていました。

 大阪城天守に向かいながらゆっくりと城を見ていると、今更ながら石垣が立派なことに気がつきました。いびつな復元天守よりもこの石垣の方がよっぽど見所があるなあ・・・。

大阪城の石垣

大阪城の石垣:これは攻めるのが大変そう。

 そして大阪城天守に到着。七郎さんと合流し、食事をした後、「紙で作ろう『鎧兜』製作教室」の様子を見せていただき、大阪城を後にする(ここで様子はまた後日、ブログに書こうと思います)。

 それから日本橋に向かう。アニメグッズやデジモノを手に入れるため・・・ではなく(時間があればデジモノ関係は見て回りたいけど)、ここにあるという安井成安(道頓)の墓に行きたかったからだ。あと、木津川口の砦がこの辺りにあったはずなので(というか私はここで間違いがないと思っている)。
 なんば駅を降りると、地図を持っているのにも関わらず方向が分からず迷ってしまうが、なんとか木津川口の砦のあったあたりに到着。

木津川口の砦

木津川口の砦:道頓堀橋北詰の信号辺り。これの左側より向こうくらいが砦の場所じゃないかなあ〜と思ってる。

 続いてその近くにある道頓の墓へ。場所は難波のビックカメラの横にあるアムザ1000のさらに横にある三津寺墓地・松林庵。入り口にはパスワード入力タイプのキーが・・・。近代化されていますね。この時は時間内だったので開いていましたが。
 中に入ると体感温度がグッと下がった。地面が土だからだろうな。ヒートアイランド現象を実感できました。そして奥に行き、道頓の墓にお参りしました。

安井道頓の墓

安井道頓の墓:中央のもの。没年が「慶長十九年五月七日」になっていた。慶長二十年が正しいと思う。

 その後、安井道頓紀功碑をもう一度撮影し、日本橋周辺を後にする。そして写真の撮り直しのために大坂城の総構え付近に移動する。まずは玉造駅で降りて真田丸跡の辺りを歩く。

真田丸跡

真田丸跡:大阪市天王寺区餌差町の明星高校を写してみました。この辺りにあったという説が有力だそうです。

 その後は大阪城周辺の史跡・平成14年度の1日目のように、南側を歩いて交差点の写真を写す。やっぱり長い・・・。

その中の一つ、松屋口

その中の一つ、松屋口:大坂城の南西の一番はじっこにあたります。

 この辺りで天気がかなり怪しくなってきたので、本日は終了。さっさとホテルに戻って20時には寝ました。


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