美濃部助左衛門

(みのべすけざえもん)

生没年:?〜1615年?/ 身分:片倉家の足軽/ 官位(通称、号):助左衛門

【騙される】伊達家の重臣・片倉重長の足軽。大坂夏の陣に従軍し敵の首級を得たが、片倉家の重臣・渋谷馬之允が助左衛門をだまして貰い受け、自分の功として申告し褒賞を得た。
 陣後にこのことが発覚することを恐れた馬之允は助左衛門に無実の罪を着せて処刑しようとした。

【呪詛】これを知った助左衛門は6歳の息子に事情を託して蓮蔵寺の和尚・実専のところにやった。助左衛門の処刑実行後、実専は機会を見て冤罪を訴えたが受け入れられず逆に息子までも処刑される。
 激怒した実専は蔵王山に登って37日間断食して馬之允を呪った。馬之允は最初は何ともなかったか、やがて病気にかかって死亡し家は断絶してしまった。

管理人・・・助左衛門が獲った首って馬之允が倒した薄田兼相のなのでしょうか。だとしたら騙してでも奪ったのも分かります。
 しかし兼相を討ち取ったと言われているもう一人の男・河村新八も従者を殺して自分の功にしていることといい、兼相の首には呪いがかかっているのかも知れない・・・。

参考文献:仙台人名大事典

UPDATE 2003年9月25日
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