毛利領国、最大の危機!(満願寺文書の毛利輝元書状)

・原文
御日待御月待十二人にて、毎日可申付候、当年中少之間事候、家ため、家中ため、一身のため、万之ためにて候、其外存出大なる大儀之祈念専一候、各之神力仏力此時候、いつも之様心得候てハ不及是非候、中国も家もー身も、此時二一大事相極候、分別前候へとも申候、為届候ゝ、是非此時候、万吉々々、かしく、
廿九日 てる(花押)
満願寺
佐石(佐世元嘉)

・読み下し
御日待御月待十二人にて、毎日申し付けるべく候、当年中少しの間事候、家ため、家中ため、一身のため、万のためにて候、そのほか存じ出だす大なる大儀の祈念専一候、各々の神力仏力この時候、いつもの様心得候ては是非に及ばず候、中国も家も一身も、この時に一大事相極候、分別前候へども申し候、届けたる候届けたる候、是非この時候、万吉万吉、畏、

・意訳
 日待(※1)と月待(※2)の行事は、僧侶十二人で毎日を行いなさい。今年一年の内の短い期間だけですので、毛利家のため、毛利家中のため、輝元自身のため、毛利家領内全てのために行いなさい。その他、思く限りの重大な目的のため祈祷を最優先しなさい。
 各人が信じる神や仏が力を発揮するのはこの時です。いつもの行事と同じように思ってはいけません。中国地方も毛利家も輝元自身も今が瀬戸際です。皆さんは分かっていると思いますが言っておきます。重ねて伝えておきます。今が大事な時です。万事、良い結果になりますように。
※1 人々が集まり前夜から潔斎して一夜を眠らず、日の出を待って拝む行事。
※2 月の出を待って拝む行事

・感想
 これを読んだ時、最初は毛利・織田戦争の終盤(天正10年頃)だと思いました。しかし佐世元嘉が石見守を名乗ったのが文禄年間で、しかもネットで検索するといくつかヒットして関ヶ原の戦い後の有名な文書だと知りました。
 これは慶長5年9月29日の関ヶ原の戦い直後で、毛利家にどのような処分が下るかというところだそうです。それは確かに「此時二一大事相極」という状況です。
 「各々の神力仏力この時候」ですが、「各人が信じる神や仏が」と意訳しましたが、「様々な神や仏の力を発揮」と意味を取れなくないかなと迷っています。

参考文献:毛利輝元卿伝、防府市史 通史 2(近世)

(萩城跡に建つ毛利輝元像)
毛利輝元