・原文
防府天満宮祭礼之儀、来月十五日相当之由候、就其大行事役之儀、対藤井木工助元直以社法申付之処、女子譲之事候条、所懃仕間敷之由申候欤、太以不可然候、名字家督存知之上者、早々可相勤之由堅可申付候、猶従各所可申候、恐々謹言、
天止六年九月三日 輝元
市川伊豆守経好殿
黒川三河守著保殿
国司対馬守就信殿
・意訳
防府天満宮の祭礼のことですが、来月十五日に十月会があります。それについて大行事役を藤井木工助元直に社法(神社の決まり)に沿って命じたところ、娘に譲ったので務めるのが難しいと言ってきたのでしょうか。非常にけしからんことです。名字や家督を譲ったことを(毛利家が)知った以上は、(奉行の3人が)早く務めさせるよう命じなさい。なお各方面からも指示させます。
・感想
大行事役が何のことか分かりませんでした。辞書を引くと「大行事は仏語。大法会の際、道場の設備や法式儀則など万般にわたって法会を指揮する僧」とありますが、元直が僧侶ではなさそうなので、行事を仕切る総監督のような意味でしょう。
輝元が奉行ら3人に対して「早く務めさせるよう命じろ」と言っていますが
1.家督を譲った娘が経験不足で出来ないのは関係ないから藤井家で役目を行うように
2.家督を譲っても元直に役目を果たせと命じている
のどちらか判断がつきませんでした。自分は「名字家督存知の上は」→「家督などを譲ったことを毛利家が把握した以上は(そんなこと関係なしに)元直に役目を果たさせろ」と解釈しました。
「太以」が「はなはだもって」というのが一番最初に出てきた時、読めなかったです。今は見慣れてますけど、現代で使わないので・・・。
