潜水艦の始まり

 大坂冬の陣の際、九鬼守隆は大船で大坂に参戦した。それに対して豊臣軍は加藤清正が造った唐船(大安宅船)に明石全登(掃部)が乗って指揮し、両軍は激突。九鬼水軍の武将・渡辺数馬が豊臣軍の船を乗っ取ったため、全登は城に撤退した。
 徳川家康本多正純を通じで九鬼軍をねぎらい、怪我をした数馬に薬を与えたが、治癒せず亡くなってしまう。
 その後、家康は守隆に豊臣軍が新橋の隅櫓から砲撃しているフランキ砲を沈黙させるように命令。そこで守隆は潜水艦を造り水底を潜行し、ついにフランキ砲を撃破した。潜水艦の造り方が世に伝わったのは、この時が始まりだという。(『志士清談』)

管理人・・・潜水艦の詳しいことについては潜水艦を参照してください。

UPDATE 2011年4月11日
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