竹田永翁

(たけだえいおう)
生没年:?〜1615年
身分:豊臣家の家臣
官位(通称、号):?

 大政所などを治療した医者・竹田定加の子。秀吉の祐筆となり、1610年ごろから物頭を務める。鴫野の戦いで活躍。天王寺・岡山での最終決戦では毛利勝永らと一緒に徳川軍を攻撃したが、佐久間勝之に討ち取られた。1615年5月8日の大坂落城時に自害したという説もある。

参考文献戦国人名事典 コンパクト版大坂の役、ほか

戦国武将の意外な関係

UPDATE 2002年3月9日
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