高松良篤

(たかまつよしあつ)

生没年:1583〜?/ 身分:陸奥棚倉の近津明神別当家当主/ 官位(通称、号):?

 陸奥棚倉の近津明神別当家に生まれ家督を継ぎ別当不動院良篤と名乗った。大坂の陣に従軍し勝利の守り札を徳川家康に献上した。1622年に丹羽長重が陸奥棚倉城主となった時、家臣となり150石を与えられ加兵衛と称した。その際、家督と別当職を養子の良忠に譲る。
 1624年、幕府の命令で丹羽家が新しい城を築く際に普請掛と町奉行に任ぜられた。この時に800年も鎮座する近津明神の場所が築城に適していると判断されたため、良篤が良忠を説得して現在地へ移転させた。そのおかげで無事棚倉城が完成した。

参考文献三百藩家臣人名事典

UPDATE 2011年11月14日
Copyright (C) 2011 Tikugogawa.