西尾忠永

(にしおただなが)
生没年:1584〜1620年
身分:武蔵原市1万2千石の大名
官位(通称、号):丹後守

西尾城
忠永が生まれた愛知県西尾市に建つ西尾城
 酒井重忠の三男として三河西尾で生まれる。徳川家康に仕え2千石を与えられた。1599年に武蔵(上総という説もあり)国内で5千石を与えられていた西尾吉次の娘と結婚し、のちに彼の養子となる。
 1606年に義父が死亡すると遺領を継いだ。大坂冬の陣では大和の治安に勤め、夏の陣では大坂城攻めに参加する。その後上野白井、さらに1618年に常陸土浦2万石に移封される。1620年1月14日死亡。茨城県土浦市の神竜寺に葬られた。

管理人・・・忠永の領地についてですが白井に行くまでは私の持っている資料にははっきりしたことが書いてなく、どうもよく分かってないみたいです。あるところにはあると思いますが。

参考文献三百藩藩主人名事典

戦国武将の意外な関係

UPDATE 2004年9月15日
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