川手良利

(かわてよしとし)

生没年:1588〜1615年/ 身分:井伊家の家臣/ 官位(通称、号):主水

玄宮園
彦根城内にある玄宮園。大坂の陣当時は良利の屋敷が建っていたと伝わる

 名は貫治とも。井伊家の家臣。大坂冬の陣に従軍した際、真田丸の攻防に遭遇。この時に良利は軍法を守って動かなかったが、木俣守安は大坂城を攻め重傷を負って陣中に戻り井伊直孝から労わられて薬を与えられる。良利はこれに激怒し
「法を守ったのに賞せられない。法を破った者が憐れまれる。これには我慢できん!」
 と手勢を率いて城を攻め討ち死にしようとした。だが、直孝が謝り止めている。
 夏の陣にも従軍。その直前に京にいた父と兄と最後の盃を交わした時
「去年の屈辱を忘れるな」
 と激励されていたため、若江の戦い木村重成隊に一番に突撃し戦死した。

参考文献:近江人物志・大阪人物辞典

UPDATE 2012年8月20日
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