盛親への疑惑

 1615年4月3日の夜、賊が大野治長に怪我を負わせ、長宗我部盛親の館に入り込んだ後、行方不明となった。そのため、盛親は治長から疑いの目で見られた。そこで盛親は厳しく捜索して賊を捕らえ、家臣の廿牧勘解由が治長に引き渡している。(『土佐国編年紀事略』)

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