成瀬之成

(なるせゆきなり)

生没年:1596~1634年/ 身分:武蔵幡羅郡内で千石の領主/ 官位(通称、号):伊豆守

之成の墓
千葉県船橋市西船6丁目2ー30の宝成寺に建つ之成の墓

 成瀬正成の次男。駿府で生まれる。1611年に徳川秀忠の小姓となり、武蔵幡羅郡内で千石を与えられた。大坂の陣では秀忠に従軍して戦功がある。1616年に父・正成が尾張知多郡内から同国犬山に移封されると、正成の旧領である三河と下総国内の領地・1万4千石を与えられ合計1万5千石の領主となった。この時に下総栗原を本拠とする。
 その後、秀忠や秀忠の上洛の供奉などを務め、1634年10月28日死亡した。戒名・見性院殿伝翁直心居士。千葉県船橋市の宝成寺に葬られる。

管理人・・・官位を伊豆守としていますが、これは陣後すぐに授けられたもので、当時のものではありません。でもその時の通称が分からなくて載せました。

参考文献三百藩家臣人名事典、ほか

UPDATE 2012年9月1日
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