藪正利

(やぶまさとし)

生没年:1595〜1649年/ 身分:細川家の家臣/ 官位(通称、号):三左衛門

長島一向一揆殉教之碑
桑名市長島町又木の願證寺にある長島一向一揆殉教之碑

 藪正照の息子。肥後に生まれる。祖父の伊賀守は織田家の家臣で伊勢長島で戦死。父の正照は中村一氏の家臣で小田原征伐、関ヶ原の戦いで戦功があったが、そこを去り細川家の家臣となった人物。正利も細川忠興に仕えて2千石を与えられ番頭を務めた。
 大坂夏の陣に従軍し一番首を取る戦功を上げる。その後、細川家を立ち退き紀州に行った。1627年に徳川頼宣に召し出され2千石を与えられ城代格、大寄合に命じられる。1649年7月11日死亡。

参考文献三百藩家臣人名事典・和歌山県史

UPDATE 2005年5月4日
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