西郷正員

(さいごうまさかず)

生没年:1593〜1638年/ 身分:下総生実5千石の領主/ 官位(通称、号):孫六郎

西川城
父・家員の居城だった豊橋市石巻西川町城山にある西川城

 徳川家の家臣・西郷家員の四男として生まれる。伯母は徳川家康の側室で徳川秀忠らを生んだ西郷局。家員が亡くなると兄達が遺領を継いだが、1613年にすぐ上の兄・康員が亡くなると正員がその跡を継ぎ下総生実5千石の領主となった。
 1614年に大久保忠隣が改易されると小田原城の守備につく。同じ年に里見忠義が改易されると本多忠朝らとともに館山城の受け取りに向かった。大坂冬の陣では安房国の守備に、夏の陣では小田原城の守備につく。1620年に5千石を加増され1万石の大名となり安房東条に陣屋を構えた。その後、江戸城修築などを務め、1638年11月14日死亡する。

参考文献三百藩藩主人名事典戦国人名事典 コンパクト版

UPDATE 2004年12月16日
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