田所季豊
(たどころすえとよ)
生没年:1577〜1642年/ 身分:土豪/ 官位(通称、号):平左衛門

季豊が奮戦した樫井の戦いの碑
紀伊名草郡三葛村の土豪。田所氏は鎌倉幕府から下文(上位者が下位者あてに下した公文書)を何度も与えられ、それに田所職とあったのでそれを姓にしたという。
季豊は関ヶ原の戦いでは和歌山城代の桑山氏に協力して新宮の堀内氏善を攻めた。大坂の陣で、豊臣軍の誘いを断り浅野軍に従い樫井の戦いで奮戦した。
浅野家の安芸広島には従わず紀伊に残り徳川頼宣の和歌山城入りを案内した。そして徳川家の代官となり切米10石を与えられ代官に任ぜられる。地元の人間ということで役人と土地について話し合うように言われている。1626年には切米30石を与えられた。1642年6月21日死亡。
参考文献:和歌山県史
UPDATE 2003年3月5日
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