汚名返上

 大坂冬の陣の時に、杉野右馬允の家臣に山本才助という者がおり従軍した。その才助の家に長く仕えていた老女の子で三之助という18歳の若者がいた。
「主人が出陣するので連れて行ってくれ」
 三之助は頼んだが
「年老いた母がいるのだ。国許にいろ」
才助は従軍を許さなかった。だが母も才助に懇願。
「武家に奉公する者は主人の供をして出陣するもの。私のことは心配されなくて結構です。息子の願いを聞いてやってください」
 才助は「そこまで言うなら」と三之助を従軍していくことにした。

 そして大坂に着いて合戦が始まり、大坂城から数百挺の鉄砲が撃ち放たれた。その音を聞いた三之助は仰天。混乱状態に陥り、故郷を目指して逃げていった。お金が無くなり乞食のような身なりで屋敷に着いた三之助を見た母は驚いて訪ねた。
「もしかして御主人が討死されたのか!?」
「いや、御主人には何もなかったが、大坂城からの鉄砲の音を聞いて天地が崩れるかと思い、一心にこの屋敷を目指して逃げた。途中で金が無くなり乞食をしてやっと帰り着いた」
 母は呆れてしばらく口もきけない状態だったが、時間が経つと怒りが湧いてきた。
「お前のような者とは親子の縁を切る。どこへでも行くがいい!これが今生の別れだ」
 金を渡して屋敷から追い出した。

大阪城天守閣
大阪城天守閣

 やがて大坂冬の陣は和議となって終わり、杉野軍が国許に戻ってきた。そして三之助も追い出されてから10日後、ふらっと屋敷に帰ってきた。
「この禄盗人め。縁を切ったからには親でも子でもない。出て行け!」
 母は三之助を叱り飛ばした。話を聞いた才助は、三之助と会って事情を尋ねた。
「どうして逃げたのだ」
 そこで三之助は事の成り行きを話した後
「行くところがなく戻ってきました。手討ちにされるのは覚悟の上です」
 と語った。それに対して才助は何も言わずに以前と同じに召抱えた。

 大坂夏の陣が始まると、杉野家は再び出陣することとなった。この際、三之助は才助に再び従軍を願い出た。才助は笑って「また鉄砲が鳴るぞ」とからかい、母も反対。しかし三之助が強く懇願したため、才助は従軍を許可した。
 天王寺・岡山での最終決戦で才助・三之助に山本家の従者を合わせた3人は、城に引き上げようとしていた敵3人の騎馬武者に追いついて攻撃をしかけようとした。しかし城内から鉄砲を打ち掛けられ、山本家の従者が腰を撃たれて倒れた。
 残った才助と三之助の2人は騎馬武者と戦うが、彼等は戦いを避けたかったため引き上げた。そこで三之助は、猟銃で胴に朱の丸の紋をつけた騎馬武者を撃ち落として才助に首を取らせた。そして従者を2人で連れて敵から離れ、手当てをしたが甲斐無く死亡。三之助は陣後、才助より賞されている。(『明良洪範』)

管理人・・・この話の出だしは『人が一度不覚を取っても、すぐにその人を廃してはいけない』となっています。

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