余裕も必要

 大坂の陣後、駿河で御側衆が徳川家康
「5月6日の若江の戦いにおいて、井伊直孝殿の家来3人が同じ敵を討ち取ったと報告しました。そこで直孝殿が詳細を調べると、二人は敵を一緒に討ち取っていましたが一人が虚偽の報告をしていたため、直孝殿の怒りを買い処罰されました」
 と話した。
 家康はそのことに関しては何も言わなかったが、次のことを話し始めた。
「物事に余裕がなく詰め込むのはよろしくない。取り分け武辺などはなおさら余裕があった方がいい。昔、織田信長卿がまだ小身(ここでは領土が狭かったことを指す)だったころ、佐々成政と前田利家が二人で敵一人を突き倒したが、二人とも『そちらが先だった』と言い互いに首を譲り合った。そこに柴田勝家が来て『そのように二人で譲り合うなら私がもらっていこう』と首を挙げ『私の高名の証人に二人とも来い』と言い、3人で信長の前に行った。そして勝家が『この二人が敵を突き倒して首を譲り合っていたので首は私が獲りました』と報告すると、信長卿は3人に褒美を与えた。それは3人の武辺に余裕があったからだ」
 と語っている。(『駿河土産』)

井伊直孝の墓
東京都世田谷区豪徳寺の豪徳寺にある井伊直孝の墓

管理人・・・要するにせこせこせずに何にでも余裕をもって当たりなさい、ってことなのでしょうか。

UPDATE 2012年8月5日
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