徳川家康は、夏の陣が始まると鎧兜は家臣に持たせて、自身は茶の羽織に黄色の帷子を着て、編笠に草鞋という軽装で大坂へ向かった。 「鎧を装着されないのですか」 藤堂高虎が心配して訪ねた。 「小倅相手に鎧など必要はない!」 家康は大声で怒鳴り返した。しかし後で側近の者に 「本当は年で腹が出てきて鎧を着ると馬の乗り降りができないのだ」 と、小声で真相を打ち明けている。(『大坂陣物語』)