赤井直義
(あかいなおよし)
生没年:1570~1653年/ 身分:藤堂家の家臣/ 官位(通称、号):悪右衛門
高野山にある父・赤井直正の墓
丹波黒井城主・赤井直正の子。父・直正は明智光秀の攻撃を退けたことで有名な猛将。直義は1578年に父の病死で跡を継いだが、光秀の猛攻を防ぎきれず黒井城を落とされ逃亡した。
のちに京都に隠遁し荻野金左衛門と名乗ったが、1610年に山口直友の仲介で藤堂高虎に仕え千石を与えられ、それと一緒に旧姓に復す。大坂両陣には足軽大将として従軍した。1653年死亡。
参考文献:藤堂高虎家臣辞典
UPDATE 2002年6月22日Copyright (C) 2002 Tikugonokami.