成田氏範

(なりたおさただ)

生没年:?〜1616年/ 身分:下野烏山3万石7千石/ 官位(通称、号):左衛門尉

烏山城
氏範が城主だった栃木県那須烏山市城山にある烏山城

 武蔵忍城主・成田長泰の次男。小田原征伐では兄の氏長とともに小田原城内に篭った。戦後は蒲生氏郷に仕え、武蔵守居城主となったが、1595年に兄が亡くなったため下野烏山2万石を継ぐ。
 関ヶ原の戦いでは東軍につき下野内に1万7千石を加増され、3万7千石の大名となった。大坂の陣に出陣し功がある。1616年12月18日死亡。法名・傑伝宗三大居士。

参考文献三百藩藩主人名事典戦国人名事典 コンパクト版

UPDATE 2004年3月30日
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