林能勝

(はやしよしかつ)

生没年:1534〜1616年/ 身分:蜂須賀家の家臣/ 官位(通称、号):道感

川島城
能勝が城主だった徳島県吉野川市川島町川島にある川島城

 尾張上林村に生まれる。先祖は木曽義仲で、その子孫が上林村に移り住み地名の名の林を取ってそれを姓にしたと言われている。今倉左馬助に仕えていたが、のちに織田信長に仕え功があり、彼から仁王正清の刀を授かる。
 本能寺の変後は蜂須賀正勝に仕え、四国征伐などに従軍した。1585年に蜂須賀家が豊臣秀吉から阿波を与えられると、能勝は蜂須賀家の家老と川島城番の役職を与えられる。そして渭山築城で武市信昴と共に奉行を務めた。
 その後、九州征伐、朝鮮出兵に従軍し、1596年に隠居して道感と号する。しかし大坂冬の陣には81歳の高齢で従軍して戦功があり黄金百両を賜った。1616年2月6日死亡。

管理人・・・尾張地方で上林ってどこかなと思ってネットで検索したら、知多半島にある日間賀島の地名だけが引っかかりました。ここが出身なのでしょうか。

参考文献三百藩家臣人名事典・阿波人物誌

UPDATE 2005年2月8日
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