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【史跡の紹介】
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徳川家康の墓
住所:堺市南旅篭町東3-1-2(南宗寺内)
最寄り駅:阪堺電軌阪堺線御陵前駅
案内:1615年5月7日、徳川家康は大坂城を目指して進撃し、一時平野(大阪市平野区)で軍を止めていた。そこで家康は小便のため陣を離れた時、硝煙の臭いを察し地面に伏せた。すると豊臣軍の仕掛けた爆薬が大爆発を起こした。家康はなんとかその場を逃れたが、真田幸村が現れ討ち取ろうとした。
そのため家康は葬式用の輿の中に入り堺まで逃げたが、そこにたまたま紀州から帰ってくる後藤基次(又兵衛)が通りかかり、輿を怪しんで槍を刺した。脇を突かれた家康はそれを耐えて自分の血がついた槍先を拭いたので又兵衛は気づかず去っていった。その後、大久保忠教(彦左衛門)が南宗寺まで家康を連れて行き治療したが重傷のため亡くなってしまった。そこでここに葬られた。 それから一年間は影武者で、翌年に影武者が死ぬと密かにここから本物の家康の遺体を取り出して、久能山に改葬したという。 ここに掲載されている内容・画像は転載禁止です。 Copyright (C) 2006 Tikugonokami. All rights reserved. |
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