●三田尻御舟倉跡(萩藩の水軍の根拠地跡)
住所:山口県防府市三田尻3丁目
駐車場:あり
慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いで防長に押し込められた毛利輝元は、下松市に水軍や海運の拠点を設けていた。だが、慶長16(1611)年に萩城から瀬戸内海への最短距離である三田尻へ移す。
水軍のほか、上方方面への藩主の送迎、物資の輸送などに使われ、街は賑わった。当初は海に面していたが、近世中期以降に三田尻の干拓が進むと、陸地に囲まれ一本の水路のみが瀬戸内海とつながる状況となる。幕末には海軍局と改称され、海軍学校が設けられた。元治元(1864)年、高杉晋作が海軍局を襲い癸亥丸を奪取している。
海軍局は明治維新後に廃止となった。現在は水路の一部が残っているのみである。
(防府市記念モデル児童遊園と駐車場を兼ねているのか広かった。もしかしたら遊園のためだけの駐車場だったかもしれん)


参考文献:山口県の歴史散歩、防府市史 通史2 近世、おいでませ山口へ(山口県観光サイト)、現地の案内板
感想:この日は防府市が大雨で、行きたかったところへ行けなかったため、『山口県の歴史散歩』を読んでいたら、ここを見つけ面白そうなので寄ってみました。
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