千々石清左衛門ミゲル夫妻の墓(天正遣欧使節団の一人)

●千々石清左衛門ミゲル夫妻の墓
住所:長崎県諫早市多良見町山川内
駐車場:なし

 市指定史跡。釜蓋城主の息子として産まれた千々石ミゲルはキリスト教を学び天正遣欧使節団の一人として欧州に行き任務を果たして帰国した。大村藩に仕え、バテレン追放令が出るとキリスト教を捨てて日蓮宗に改宗する。やがて大村藩主の信頼を失い藩内を追放されると島原半島に移るが、重傷になるほどの仕打ちを受けたため長崎に逃れた。その後は不明だが、当地に埋葬されたと思われる。伝承では、大村藩に恨みを持っていたたため、大村が見える場所を睨み付けるこの場所に葬られたという。
 当初、墓はミゲルの四男・玄蕃のものと思われていたが、平成16(2004)年に玄蕃が建てたミゲル夫妻の墓だと判明した。ミゲルは寛永9(1632)年12月14日が没年になっている。調査で副葬品にはロザリオ(カトリックの数珠のようなもの)があり、棄教していなかったという説もある。

(案内が出ている)
案内

(高台にある)
高台

(途中には休憩所もある)
休憩所

(夫妻の墓。後ろは土漏れ防止シートだろうか)
夫妻の墓

参考文献:長崎県の歴史散歩千々石ミゲル墓所調査プロジェクト、現地の案内板

感想:結構な山の中に来たな、という印象でした。


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