くさぎ地蔵(松崎合戦供養塔)

●くさぎ地蔵
住所:鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺
駐車場:なし

 ある時、松崎城主・川毛氏と茶臼山城主・俣野氏が当地から北300メートルに建つ「まつざきこども園」の辺りで戦った。俣野軍は戦死した5人の遺骸を葬り臭木(くさぎ。クマツヅラ科の落葉小高木で、葉に臭気があることからこう呼ばれる)を植え地蔵を安置し供養する。やがて地蔵は「くさぎ地蔵」と呼ばれ現在も残るが、臭木は昭和10(1935)年頃に枯れてしまったという。

(全景)
全景

(右がくさぎ地蔵。奥の地蔵は不明)
くさぎ地蔵

感想:川毛(河毛)氏は中村一忠の家臣だったらしいので戦いが起こる時期の武将としては時代が合わないような・・・。車で走っていてたまたま見つけた史跡なので気が向いたら調べてみます。松崎合戦という名前も私が勝手に付けたものです。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA