伯耆富長城(福頼左右衛門尉の居城)

●伯耆富長城
住所:鳥取県西伯郡大山町富長

 戦国時代に福頼左右衛門尉の居城だったが、尼子経久の伯耆侵攻で落城したという。

(全景。北に日本海がある)
全景

(どこまでも広がる日本海。島根半島もはっきりと見える)
日本海

日本海

(城址には移転された富長神社が建っている。鳥居のあるこちら(東側)が正面だと思っていたが、西が正面だったことを再訪して知った)
富長神社の鳥居

(神社の石段が下がってから上がっているのは堀(川?)の跡である。写真では分かりづらいが深いため、東側からの攻撃は容易ではなかったと思われる)
堀

堀

堀

(富長神社の社殿。主郭の跡にある。祭神は伊弊諾奪、伊弊時奪、倉稲魂奪で、おそらく富長地区の氏神さん。周りには土塁が残っている)
富長神社の社殿

富長神社の社殿

富長神社の社殿

富長神社の社殿

(上記の主郭の遺構を中心に撮影)
主郭

主郭

主郭

主郭

(海に降りる道が主郭と二の曲輪の間にあった堀切らしい。後世に削ったようにも見えるが・・・)
堀切

堀切

(二の曲輪)
二の曲輪

二の曲輪

感想:歴史についての詳しいことは『山陰の戦国史跡を歩く 鳥取編』を参考にしてください。





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA