地王峠古戦場(尼子軍と三刀屋軍の古戦場)

●地王峠古戦場
住所:島根県雲南市三刀屋町三刀屋地王、島根県雲南市木次町下熊谷
駐車場:無し
 永禄6(1563)年1月、昨年の12月に討たれた熊野入道西阿(さいあ)の弔い合戦をしようと、立原久綱や牛尾幸清ら3000の兵が月山富田城から三刀屋城に向けて出撃。最初に久綱が地王峠(地王砦)に陣を構えていた三刀屋軍と戦うが手負いとなり三谷山まで撤退。三刀屋軍も小勢のため陣を退いている。やがて幸清らが駆け付け三刀屋川を越えて城を攻めようとした時、「三刀屋城救援のため毛利の援軍がこちらに向かっている」との報を受け富田城に撤退した。しかしこの報は毛利氏の謀略だったという(『雲陽軍実記』)。
 当地には砦の遺構があったが昭和の終わりの住宅地造成で消滅している。しかし今でもこの辺りは緩やかな坂になっており峠だったことが分かる。付近に戦死者を葬ったとの口伝が残る首塚があるようだが見つけられなかった。

住宅

峠

感想:正確には住宅街の奥にある丘が地王峠だそうです。
 山陰の戦国史跡を歩く 島根編から割愛した史跡です。





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