●原マルチノ像
住所:長崎県東彼杵郡波佐見町折敷瀬郷1999(波佐見町総合文化会館(ウェイブホール))
駐車場:像のある場所が駐車場
原マルチノは波佐見町の出身で原中務(なかつかさ)の子だと伝わる。有馬セミナリヨで神学などを学び、天正10(1582)年2月に天正遣欧少年使節団の副使としてヨーロッパに向かった。ローマ教皇グレゴリオ十三世に謁見し、帰国途中に立ち寄ったインドのゴアではラテン語の演説を行うなど、大任を全うして日本に帰国する。しかし、当時の権力者である豊臣秀吉や徳川家康による禁教政策の影響を受け、慶長19(1614)年マカオに追放された。そして寛永6(1629)年、当地で亡くなる。
像は原マルチノが固い決意を胸に、故郷をあとにする姿をイメージして制作された。
参考文献:おらしょ-こころ旅、波佐見町公式サイト、戦国人名事典
感想:この像を撮影していたら、学校帰りの高校生から不審な目で見られました。銅像の裏を見忘れて建立がいつなのか分かりません。平成10(1998)年に総合文化会館が建ったので、その後でしょう。
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