肥前 広田城(平戸松浦氏の南端重要拠点)

●肥前 広田城
住所:長崎県佐世保市広田町(字 不明。番地は930~935周辺)
駐車場:なし
遺構:曲輪、掘切、櫓台、畦状竪堀群
標高:36メートル/比高:55メートル

 北に小森川が流れ、川を西に進むと佐世保湾に出る。
 平戸松浦氏が大村氏や有馬氏に備えて築いた、南部国境地帯最大の城だった。天正14(1586)年4月、大村氏・有馬氏・有田氏・波多氏の連合軍が井出平城を落とすと、続いて広田城も攻撃する容易に落ちない。やがて松浦隆信・鎮信父子の救援の情報を聞いた連合軍は総攻撃を行ったが落とすことはできず、救援に来た松浦軍の夜襲を受けて撤退した。
 この戦いで松浦氏と大村氏の領地の境界が定まり、近世に入っても平戸藩と大村藩の境となっている。

(この道を登っていく)
道

(西側の曲輪群。場所は下にスクロールすると出てくる縄張図を参照)
西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

西側の曲輪群

(南の畦状竪堀群)
南の畦状竪堀群

南の畦状竪堀群

南の畦状竪堀群

南の畦状竪堀群

(中央の主郭と帯曲輪。土塁があった。主郭には祠があり、ここに参拝するのと以前あった畑に行くために道が整備されているのだろう。そのおかげで非常にアクセスしやすかった)
主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

主郭と帯曲輪

(主郭の東にある掘切)
東にある掘切

東にある掘切

(掘切の東にある小さな曲輪)
小さな曲輪

(その先にも大きな掘切があった)
大きな掘切

(住宅街の一角の林にあり、城の目の前に住宅が見える)
住宅街

(全景を撮ろうと思ったが西側の住宅街からは難しかった)
全景

参考文献:長崎県の地名、日本城郭大系 第17巻、長崎県中近世城館跡分布調査報告書2、九州の名城を歩く 佐賀・長崎編

感想:カーナビが住宅街を示すので「本当にこんなところに山城があるのだろうか」と思いましたが、現地に行くと遺構がしっかりと残っていました。

(縄張図。クリックすると別タブが開きます)
縄張図


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