鹿児島県史跡巡り2009(2日目前半:豊臣秀頼の墓・佐多島津墓地・知覧城)

 平成21年3月4日(水)、鹿児島市内のホテルから出発。

15.ザビエル滞麑記念碑・・・鹿児島市東千石町にある。ザビエルと会見した島津貴久がキリスト教の許可を与えたのを記念して建てられたものである。
 ザビエル滞麑記念碑のある記念公園と向かいの教会に合わせて4つもザビエルの銅像(胸像)があった。

(記念公園にあるヤジロウ・ザビエル・ベルナルドの像)

16.伝・豊臣秀頼の墓・・・鹿児島市谷山中央四丁目にある。薩摩落ちした豊臣秀頼の墓と言われているが、事実かどうか不明(私はあんまり信じていないですけど・・・)。墓の下からは何も出なかったという。
 個人宅の敷地内にある。

17.知覧武家屋敷・・・南九州市知覧町郡にある。南薩の小京都と呼ばれる町並みが残っている。
 有名な庭とかあったけど、街並みをちょろっと見ただけですぐに去った。

18.亀甲城・・・南九州市知覧町郡にある。知覧城の出城だった。
 南北朝関係の城だったので、遠目に撮影しただけにした。

19.佐多島津墓地(西福寺跡)・・・南九州市知覧町郡にある。知覧の領主・佐多島津家歴代の墓がある。
 町営住宅(?)の裏みたいなところにあった。一応、駐車場有り。

20.知覧城・・・南九州市知覧町永里にある。島津家の一族・佐多島津家が治めていたが、1591年に海賊事件が起こり移封となった。その後、城主に返り咲くが、その間に建物が焼失してしまい、一国一城令を待たずして廃城となっている。国指定史跡で、遺構が良く残っている。
 私はあんまり興味がないので、本丸周辺を見ただけで去った。好きな人ならじっくり全体を見るのも楽しいかと思います。

・知覧特攻平和会館・・・南九州市知覧町郡にある。太平洋戦争末期、沖縄に近い知覧飛行場は陸軍の特攻基地となった。現在は特攻に関する資料・遺品などがある知覧特攻平和会館、特攻平和観音堂などがある。
 特攻隊の皆さんのことは何を書いても陳腐になりそうなのでやめておきます。
 ここには太平洋戦争前半に活躍した一式戦闘機・隼(復元)、液冷エンジン式の三式戦闘機・飛燕(現存)、末期に活躍し大東亜決戦機と呼ばれた四式戦闘機・疾風(現存)が展示してある(会館内は撮影禁止なので写真はない・・・がなぜかいろんな人のブログやサイトには写真がある)。
 疾風(はやて)は一番好きな戦闘機なので見られて嬉しかった・・・。このために知覧に来たようなものだし。

(外に展示してあった隼)

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