田中山真勝寺(田中吉政の墓)

●田中山真勝寺(田中吉政の墓)
住所:福岡県柳川市新町5−10
駐車場:あり

 浄土真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。延徳年間(1489~1491)、筑後の仁王丸村(福岡県久留米市北野町仁王丸)に真教寺として創建された。文禄元(1592)年、立花宗茂が大屋小路(柳川市一新町)に移している。
 慶長5(1600)年の関ヶ原の戦い後、立花宗茂らに代わって田中吉政が筑後を治めた。慶長14(1609)年に吉政が亡くなると藤吉村(柳川市三橋町藤吉)に葬られ、その墓の上に真教寺が移され菩提寺となった。この時に真勝寺に改めたと伝わるが、宗茂が移した時という説もある。
 寺には田中吉政の肖像画と位牌が安置してある。

(参拝当時は工事中だった山門)
山門

(本堂。本堂自体が吉政の墓と伝わる)
本堂

(田中吉政公顕彰碑)
田中吉政公顕彰碑

(本堂の下にある田中吉政の墓)
田中吉政の墓

田中吉政の墓

参考文献:福岡県の地名、市内の寺社仏閣(パンフレット)、旧柳川藩志 中巻

感想:田中吉政の墓は住職さんの許可を得て入りました。当たり前ですが、勝手に入れなかったと記憶しています。柳川市三橋町藤吉から現在地に移った時期のことが調べても分かりませんでした。


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