首谷ケ浴(大内輝弘協力者処刑の地)

●首谷ケ浴
住所:山口県山口市阿知須
駐車場:なし

 首谷ケ浴は「くびたにがえき」と読む。永禄12(1569)年、毛利軍が九州で戦っている隙を突いて大内輝弘は周防に上陸し、部下が山口への道案内のため光明寺の住職と住民5人を無理矢理連れて行った。大内軍壊滅後、毛利氏は輝弘に協力したということで6人をこの池で殺害する。
 それ以降、池で自殺する者が相次いだため、大正13(1924)年に近隣の僧と住民によって供養祭が行われ碑が建てられた。その後、自殺する者がいなくなったという。

(案内板、慰霊碑、池。斬った生首を池に投げ入れたから首谷ケ浴と呼ばれるようになったのだろう)
慰霊碑

(慰霊碑)
慰霊碑

(池)
池

感想:この辺りは道が狭いので車で池まで行かない方が良いでしょう。





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