2015年四国史跡巡り(5日目その1:八幡神社・新開実綱の墓)

 阿南市のホテルで起床。朝からさっそく史跡を廻る。

21.富岡八幡神社・・・徳島県阿南市富岡町滝の下。祭神は応神天皇など。牛岐城主・新開実綱が創建したという。蜂須賀家が阿波を治めると家臣の賀島長政が社殿を造営した。

(鳥居)

(参道)

(拝殿)

感想:次の目的地に行く時、鳥居が見えたので寄ってみました。

22.正福寺・・・徳島県阿南市富岡町滝の下28。真言宗。新開氏や賀島氏の庇護を受けている。

(五重塔)

(ぼけ封じ観世音菩薩)

(本堂)

(八十八所堂)

(1966年に市内の桑野町の梅谷寺から移された新開実綱の墓。八十八所堂のかたわらにある)




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2015年四国史跡巡り(4日目その3:阿波豊国神社・平島公方の墓)

 次に立江寺に行こうと思ったが長宗我部や三好とあまり関係が無いし時間が無かったため行くのはやめた。

19.阿波豊国神社・・・徳島県小松島市中郷町豊ノ本4。1614年8月に創建され、徳島城内に祀られていた豊臣秀吉の木造を安置した。1615年の大坂の陣で豊臣家が滅ぶと廃棄され社殿は崩壊したが、秀吉の木造は宝蔵寺に移されている。その後、新日吉明神として再興され、明治になると豊国神社の名前に戻った。

(鳥居)

(社殿)

(旧豊国神社礎石)

感想:ここで急にトイレ(小)に行きたくなったのですが、『神社にない→隣の寺にない→近くの公民館は休み→近くの公園に行ったら『トイレが故障中なので(さっき行った)公民館に行ってくれ』と張り紙がある』という何かの呪いのような目にあいました。結局、次の目的地に行く途中のコンビニですませました。


 次に平島公方館跡に建つ阿波公方民俗資料館に行くが月曜と祝日が休みだった…。もし売っていたら平島公方の本が欲しかったのに。

(阿波公方民俗資料館)

20.西光寺・・・徳島県阿南市那賀川町赤池185。真言宗。神亀年間(724~729年)、行基が開基した。足利将軍家の一族・平島公方の菩提寺である。

(山門)

(鐘楼)

(本堂)

(足利義冬・義稙・義栄の墓)

足利義助の墓)

(足利家の墓にいた猫。ノミがいたらしく取ってくれと寄ってきた)

感想:7年前に来た時と比べると墓にあった標柱の文字が薄れていました。


 今日はこれでお終い。阿南市のホテルに泊まった。
本日の感想:やはり移動が疲れました。高知~徳島は吉野川沿いにしか高速道路しかないので仕方が無いですね。

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2015年四国史跡巡り(4日目その2:秋元和泉守盛貞の墓・櫛淵城・細川之照の墓)

16.法泉寺・・・徳島県小松島市櫛渕町山口3。曹洞宗。阿波櫛淵城主・秋元氏が創建した。

(山門)

(本堂)

(1560年8月6日に亡くなった秋元和泉守盛貞の墓。盛貞は信濃の豪族だったが武田信玄に敗れたため三好家を頼って阿波に来て櫛淵城主になっている、と子孫は自称しているが、鎌倉時代に阿波に来た地頭だったとの説が有力である)

感想:秋元和泉守盛貞の墓は住職さんの車で案内してもらいました(軽自動車でも狭い山道を通るので歩いていった方が無難です)。ありがとうございました!


17.櫛淵八幡神社(櫛淵城)・・・徳島県小松島市櫛淵町北佃。1017年、当地が石清水八幡宮に寄進され別宮となった。1221年の承久の乱後、秋元氏が当地の地頭に任ぜられると神社との間で度々諍いが起きたが、最終的には秋元氏が勝利し一円の領有を認められている。
 神社の裏にあるのが櫛淵城で秋元氏の居城だった。秋元氏は十河存保に味方し長宗我部元親と敵対していたが1582年の中富川の戦いで敗北し没落、子孫は蜂須賀氏に仕えている。

(天然記念物のフウ。フウ(楓)は中国、台湾に生え、日本には享保五年ごろ渡来し街路樹や庭木とされた)

(鳥居)

(拝殿)

(櫛淵城跡。見ての通り工場が建っていたため散策はしなかった)

感想:城址の井戸があると聞いたが分からなかった。


 櫛淵八幡神社にあった地域の観光案内に細川真之の遺児・細川之照の墓があると知り、大まかな地図を頼りに行ってみる。
 これは探すのに大変苦労した…。30分くらい探し回ってやっと見つかった。

18.細川之照の墓・・・徳島県小松島市櫛淵町。真之没後に秋元氏の婿養子となり子孫は庄屋となっている。

(之照を祀る祠)

(之照の墓)

感想:畑の中にあるので許可を取ってから入りましょう。

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