高山陣屋

住所:岐阜県高山市八軒町1丁目5

 1692年、飛騨高山藩主だった金森家が出羽上山に減封され天領となったため、幕府から派遣された代官や手代などが当地の政務を執った。そのために造られたのが高山陣屋である。明治維新以降も高山県庁、筑摩県支庁、大野郡役所、飛騨県事務所などに1969年まで利用された。
 その後、岐阜県教育委員会の所轄となり全国に現存する唯一の幕府の陣屋を保存するため、1996年まで3度に渡り玄関・大広間・白州・御蔵などの修理を行っている。

(表門)

(玄関)

(玄関之間)

(代官(郡代)らが政務を執った御役所)

(地役人が事務処理を行っていた御用場)

(町組頭詰所)

(客を接待した座敷)

(茶の間)

(土間)

(儀式や会議などが行われた広間(書院))

(米蔵だった御蔵。中は資料館となっており撮影禁止になっている)

(座敷の辺りを外から撮影)

感想:御蔵での飛騨の歴史は騒動や一揆の話が多かったのが印象に残っています。貧しい国だったため苦労したのでしょうね…。あと飛騨と言えば「あゝ野麦峠」ですね。


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照蓮寺(高山城内)

住所:岐阜県高山市堀端町8

 浄土真宗。後鳥羽上皇の息子(孫とも)といわれる善俊によって現在の高山市荘川町中野に創建された。1488年、帰雲城城主・内ヶ島為氏によって焼失し当時の住職も自害している。のち内ヶ島氏と和睦し、永正年間(1504~1521年)に本堂が再建された。
 1961年、御母衣ダム建設のため中野地区が水没することになり現在地に移されている。

(中門)

(鐘楼。梵鐘には建武元年(1334年)の銘がある)

(国指定重要文化財の本堂。永正年間に再建された当時のもの)

感想:高山城に行ったついでに寄ってみました。


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法華寺(加藤光正の墓)

住所:岐阜県高山市天性寺町62

 法華宗。1558年に創建された。1632年、加藤清正の嫡孫・光正が高山藩主・金森重頼に預かりとなり当地で亡くなった際、その死を哀れんだ重頼が加藤家の信奉する法華宗系の当寺を菩提寺とする。
 寺宝である光正の遺品・膳部附蒔絵五段重は県の文化財に指定されている。この品は光正が生まれた際に清正が祝いの品として与え、光正が高山に配流の時に持参したものと伝わっている。

(山門)

(県指定文化財の本堂。光正は生前、本堂再建を願っていたが叶わず亡くなってしまう。重頼はその意志を継いで高山城二の丸にあった建物を移築して再建している)

(鐘楼)

(市指定文化財の番神堂。加藤清正像や鬼子母神像などが祀られている。この羽ばたくような雰囲気が良いなあ…)

(加藤光正の墓。付き従ってきた者達は光正の死後、帰農したという)

感想:高山市内には高山城から移築された建物が数多く残っています。




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