悪口

 小笠原秀政の家臣に右近という18歳の若武者がいた。天王寺・岡山での最終決戦で敵に向かう際、目の前の沼を迂回するのがもどかしく思い、手勢百人ほどを率いて沼を通過しようとした。しかし沼は思ったよりも深く、他の隊よりも遅く敵と遭遇してしまう。右近はそこでの戦いで19ヶ所の傷を受け槍で突かれて槍三本で宙に持ち上げられたが、右近の家臣、渋谷勘解由と横田佐野右衛門が駆けつけて敵を追い払い、勘解由が右近に肩を貸して退却した。
 右近は息も絶え絶えであったが、徳川家康秀忠父子の前に出るようにとの命令があったため、拝謁し家臣の二人も褒美をもらった。その時、右近は勘解由の方に寄りかかり意識がない状態だったため、佐野右衛門が背中を叩いて
「少しは目をあけろ。身分が低いからこういう目に会うのだ」
 と悪口を言って起こそうとした。
 その後、右近が傷が回復すると勘解由は大身に取り立てられたが、佐野右衛門は右近が意識がない時に悪口を言ったのが卑怯だということになり勘解由より小身となった。
 二人とも家康から旗本にならないかと誘われたが断っている。(『公程閑暇雑書』)

UPDATE 2013年7月6日
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