切腹したい

 天王寺・岡山での最終決戦の朝、徳川家康は本陣に馬印を置き、自身は白い小袖を着て玉造方面の谷間に乗り物に乗って入った。浅野長晟裏切りの噂のために裏崩れ(戦いで後方より崩れていくこと)が起きた際、2度までも切腹しようとしたが、高野文珠院と金地院崇伝に止められた。この時、家康はなぜか殊の外急いで切腹しようとしている。(『浅野舊聞哀稿所載老将座談』)

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