勝永の気遣い

 樫井の戦い岡部則綱(大学)塙直之(団右衛門)と先陣争いをしたため、直之を戦死に追いやってしまった。戻った則綱は毛利勝永に対して
「直之の討ち死には私が先駆けしたためです。私も戦場で討ち死にするべきでしたが、このことを報告する為に敵の大軍を振り切り戻って来ました。早々に上に報告してください」
 と事情を語った。しかし勝永は則綱を庇った。
「さてさてそうだろうか。直之の討ち死の理由を偽りなく報告してくれたのには感心した。そのように実のあるあなたのことを報告して切腹させるのは惜しい。聞かなかったことにする」
 だが則綱は納得しない。
「勝永殿は大将に似合わないことを言われる。道理は大切なことだ。お取り上げくださらないなら、直接、大野治長殿に断って豊臣秀頼様に報告する」
 と言うので、仕方なく勝永は秀頼に報告。
「直之の討ち死は仕方が無いことだ。今になって則綱の罪を問うこともない」
 秀頼は則綱を咎めず罪を許している。(『古老噺』)

団右衛門の墓
大阪府泉佐野市南中樫井にある団右衛門の墓

UPDATE 2011年12月6日
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