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真田家を訴える
「真田家に反逆の意志があります。大坂冬の陣の時、信之が真田幸村に援軍を送りました。夏の陣でも密かに幸村と計って信之の息子・信吉と信政を一番に大坂城に引き入れました。これは私が詳しく聞いたことです」
「そういう話が出ているのでしたら、今すぐにも自殺します」
まず木村土佐が重臣に尋ねた。 「主水は真田家でどのような身分と言っているですか」 「大坂の陣で真田兄弟に従って軍議に参加し密計を知っているものだ」 「主水は真田家では150石を領している小身の者で主人(信之)の前に出ることはないです。しかも武道を知らない者で密事を相談することはありません。もう一度検討してください」 正信らの答えを聞いた土佐は再検討を願い出た。 「ではなぜそのような者を信之は召抱えるのか」 正信らが疑問を投げかけると、土佐は 「主水は武道のことは知らないが、忍びの名人だったので置いておいたのです。去年の冬の陣で召抱えられ、主人の命令で堀下の調査のために堀の中に入った際、菱(鉄製で菱の実の形をして、先端をとがらせたとげをつけたもの)を踏んでろくに調べることもできずに戻ってきました。その後も足が痛むと言って出仕せず、夏の陣も信濃に残りました。ですから真田兄弟が一番に旗を上げたと言っているのが嘘なのは明らかです。信濃でどうやって知ることができるでしょう」 と弁解した。 「では、信之が弟・幸村に加勢として兵を出したという件はどういうことだ」 正信らが別件を問い糾すと、土佐はこれにもはっきり弁明。 「幸村は関ヶ原の戦いで敵対し浪人となりました。そしてその家来達は主人(信之)の家来になりたいと望みましたが、主人は一人も召抱えなかったので、仕方なく野に埋もれてしまいました。幸村が大坂に入城すると知って、皆々それに従い入城しました。それが加勢したように見えたのでしょう。主人は関ヶ原の戦いで父弟に叛いて徳川家に忠節を尽くしたのに、今更なぜ反逆するのですか。きっと主水は罪があって出奔し身の置くところがなくて訴え出たのでしょう」 これに対して主水は一言も反論できず屈服したが、格別の恩情があって助命させられた。しかしその後、国に帰った主水は天罰だったのか仲間達に殺されている。(『明良洪範』) Copyright (C) 2003 Tikugogawa. |
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